清水の舞台から飛び降りる娘の着物には数字が隠れています。

衣装の数字
傘をパラシュート代わりに(?)清水の舞台から飛び降りる娘。
娘の着物には数字が隠れています。

錦絵, 260 × 185 mm
フランス国立図書館« Beauté sautant dans le vide depuis le balcon du temple KiyomIzu »
え?どこ?って思いますよね。
「着物の柄やしわに文字がかくれている! 大・二・三・五・六・八・十とあるからこの年の大の月は、2月、3月、5月、6月、8月、10月ということ。」(参考:『大江戸花形絵師競 おもしろすぎる!浮世絵案内』 堀口茉純(著) 山川出版社)
本書には、見つけやすいように印が付いており、それに基づいて私が印を付けています。

フランス国立図書館« Beauté sautant dans le vide depuis le balcon du temple KiyomIzu »
Detail of the kimono design (Enlarged for research purposes)
数字については説明が無かったため、これかな?と思うのが、まず、
右の袂に「二」、「大」。
左の袂に「六」。
膝下に「八」。
裾に「十」。
書籍に印はありませんでしたが、左の袂にもうひとつ不自然な貝がありまして、こちらは「三」に見えます。(オレンジ色の印は私が付けました。)

フランス国立図書館« Beauté sautant dans le vide depuis le balcon du temple KiyomIzu »
Detail of the kimono design (Enlarged for research purposes)
下は逆さになった「五」に見えますが、どうかな?

フランス国立図書館« Beauté sautant dans le vide depuis le balcon du temple KiyomIzu »
Detail of the kimono design (Enlarged for research purposes)
娘の肩の印がありますが、何を意味するのか説明が無いとよく判りませんね…。 「二」ですかね?
脚のしわは「三」にも見えますが、「乙」にも見えてきます。

フランス国立図書館« Beauté sautant dans le vide depuis le balcon du temple KiyomIzu »
Detail of the kimono design (Enlarged for research purposes)
今回参考にさせていただいていた『大江戸花形絵師競 おもしろすぎる!浮世絵案内』、『鈴木春信 江戸の面影を愛おしむ』、フランス国立図書館様では、「大・二・三・五・六・八・十」が着物に隠れているとありますので、「乙」は無いのかと思います。
また、「五」が帯や帯の重なったところ、しわに隠れているのでは、という見方もあるそうです。
当時、絵に書かれた数字を見つける楽しみもあったようですし、いまもまだ残る諸説については、また改めて記事にしてみたいと思います。
大の月って? なぜ、二・三・五・六・八・十月?
フランス国立図書館の解説文から引用します。
Semblable à un oiseau ou plus encore à un papillon, la jeune fille suspendue à son ombrelle vient de sauter dans le vide, du haut de la terrasse du temple KiyomIzu. Si les dieux sont favorables à ses amours, elle arrivera sans mal, comme il se doit, sur le cerisier, au fond du vallon. Selon la légende, le souhait formulé pouvait aussi concerner une guérison.
Harunobu trouve dans ce thème l’occasion de représenter une figure volante, dans un déploiement d’étoffe en mouvement. Il en fait un sujet d’egoyomi, estampe de calendrier. Les mois longs (2e, 3e, 5e, 6e, 8e, 10e) sont inscrits sur les coquillages, ainsi que le mot « long ».Jusqu’en 1765, l’édition des « images de calendriers » (daishô-goyomi), images très fonctionnelles, était un monopole d’État. La première connue date de 1686. Seuls un petit nombre d’éditeurs officiels étaient autorisés à les publier. Jusqu’à l’introduction du calendrier grégorien, le nombre de jours dans le calendrier lunaire variait.
La prévision des mois longs et des mois courts facilitait les autres calculs calendaires. Au cours de la deuxième et troisième année de l’ère Meiwa (1765-1766), des images plus luxueuses, éditées en grand nombre dès 1765, se répandirent au Nouvel An, suivant une tradition attestée dès 1724. Elles annonçaient avec subtilité et discrétion, parfois sous forme de rébus, les mois longs de l’année. Les chiffres, assimilés à des motifs décoratifs, étaient à découvrir dans l’image.
Image de calendrier « Beauté sautant dans le vide depuis le balcon du temple KiyomIzu »
以下は、フランス国立図書館の公式解説の要約です。(筆者訳)
(構図:鳥、または蝶のように、日傘を手に清水の舞台から飛び降りる娘。もし神仏が彼女に味方するなら、彼女は無事に着地するだろう。流れるような着物のラインの柄に、春信は暦の数字を描き入れている。)
(暦:春信はこの絵を、単に飛翔する美人としてではなく、「絵暦(えごよみ)」の題材とした。着物の模様の貝殻には、大の月を意味する「二月・三月・五月・六月・八月・十月」と「大」の文字が密かに書かれている。)
当時の日本は「旧暦」を使用していました。
明和の時代のはじめ、武家や裕福な商人の趣味人たちを中心に、「私的な摺物(すりもの)である絵暦(えごよみ)の交換会(大小会)」が流行します。
絵暦、つまりイラスト付カレンダーですね。 あの美しい錦絵は、これがきっかけで誕生したそうです。
陰暦では、三十日ある大の月と二十九日の小の月があり、その順番が毎年変化した。その年の大小の月を絵の中にまぎらして書き込んだ洒落た趣向の摺物が絵暦である。最も流行した明和二年の絵暦でいえば、大の月は「大、二・三・五・六・八・十」、小の月は「小、正・四・七・九・十一・十二」、あるいは、「明和二乙酉」といった文字がどこかに隠れているというわけである。
田辺昌子(著). 『鈴木春信 江戸の面影を愛おしむ』. 2017-3-30. 東京美術. p.28.
毎年変わる大の月と小の月。
明和二年は酉年で、大の月は、「二月・三月・五月・六月・八月・十月」でした。
下は、ボストン美術館の収蔵品です。 こちらも同じ1765年の制作です。

錦絵, 24 × 20.9 cm
ボストン美術館Young Woman Jumping from the Kiyomizu Temple Balcony with an Umbrella as a Parachute
「清水の舞台から飛び降りる」
絵のタイトルにも使われている、「清水の舞台から飛び降りる」という有名な表現があります。
鈴木春信の『清水の舞台から飛び降りる女』について、『鈴木春信 江戸の面影を愛おしむ』から引用します。
鮮やかに舞うような姿で、傘を持って飛び降りる振袖姿の娘は、清水の舞台から飛び降りる姿と認識されている。桜もまた京の清水寺を象徴するが、歌舞伎など芸能の中での演出の一つでもあり、先行する石川豊信の作品にも、清水の舞台を背景に、娘が傘を持って飛び降りる図がある。
田辺昌子(著). 『鈴木春信 江戸の面影を愛おしむ』. 2017-3-30. 東京美術. p.32.
とあるように、桜は京の清水寺を象徴するとともに、「歌舞伎など芸能の中での演出の一つ」とあります。 確かに、絵になりますもんね。

71.7 x 10.6 cm
Harvard Art MuseumsWoman with Parasol Jumping from Balcony of Kiyomizu-dera
では、実際に、清水寺から飛び降りるなんてことがあったのでしょうか。
江戸時代の「飛び落ち」
江戸時代、1694年~1864年の記録(『清水寺成就院日記』)によると、未遂を含めた飛び降りは200件以上、その生存率は85%だったそうです。
(参考:日本経済新聞様の記事「清水の舞台から…」 無茶な飛び降り、実は願掛け 江戸時代234人、生存率85%)
「成就院日記」にも、動機として「自分の病気の治癒」「母の眼病」「暇がほしい」などと記されている。決して自殺願望からではなく、あつい信仰心からだったのだ。
日本経済新聞:「清水の舞台から…」 無茶な飛び降り、実は願掛け 江戸時代234人、生存率85%
清水寺は「観音信仰の聖地」。

引用元:清水寺 Martin Falbisoner CC-BY-SA-4.0
観音様へのあつい信仰のもと、病気の治癒など強い願いを抱き、清水の舞台から「飛び落ち」が行われたのでした。
明治5年(1872年)、京都府が飛び降りに対する禁止令を出し、この風習は廃れていったようです。
絵の中の謎を読み解く「高度な遊び」
先に挙げたフランス国立図書館様の解説文に、「parfois sous forme de rébus」という表現がありました。
「rébus」は「判じ物,判じ絵,語呂(ごろ)合わせパズル」、英語は「rebus」(レブス)です。
知識や教養がないと読み解けない絵。
16世紀のこの作品はその代表格です。

引用元:Angelo Bronzino – Venus, Cupid, Folly and Time – National Gallery, London
ナショナル・ギャラリーAn Allegory with Venus and Cupid
絵の中に文字や意味を隠してユーモアを楽しむ「絵解き(レブス)」の文化は、ブロンズィーノが活躍した16世紀のヨーロッパでも、風刺画や宮廷の謎解き遊びとして深く愛されてきました。
視覚芸術を通じた「インテリの知的ゲーム」が、地球の東西の知識人・教養人の間で親しまれていたのですね。

- 田辺昌子(著). 『鈴木春信 江戸の面影を愛おしむ』. 2017-3-30. 東京美術. ISBN978-4-8087-1080-4
- 堀口茉純(著). 『大江戸花形絵師競 おもしろすぎる!浮世絵案内』. 2024-12-30. 山川出版社. ISBN978-4-634-15256-4

