シャルル9世妃『エリザベート・ドートリッシュの肖像』(フランソワ・クルーエ作)解説

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フランス王シャルル9世の妃となった神聖ローマ皇帝の娘エリザベート・ドートリッシュの肖像について。

フランソワ・クルーエの描くエリザベートと宝石類の美しさをご覧ください。

『エリザベート・ドートリッシュの肖像』 1571年頃 フランソワ・クルーエ ルーヴル美術館蔵
『エリザベート・ドートリッシュの肖像』 1571年頃 フランソワ・クルーエ ルーヴル美術館蔵

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目次

『エリザベート・ドートリッシュの肖像』( Élisabeth d’Autriche (1554-1592), reine de France, femme de Charles IX ) 1571年頃 フランソワ・クルーエ

『エリザベート・ドートリッシュの肖像』 1571年頃 フランソワ・クルーエ ルーヴル美術館蔵
『エリザベート・ドートリッシュの肖像』 1571年頃 フランソワ・クルーエ ルーヴル美術館蔵

引用元:『エリザベート・ドートリッシュの肖像』

ルーヴル美術館公式サイト(お出掛け前には最新状況をご確認ください)

エリザベート・ドートリッシュ(1554年-1592年)のドイツ語名は、エリーザベト・フォン・エスターライヒ( Elisabeth von Österreich )と言います。

エリザベートの父親は神聖ローマ皇帝マクシミリアン2世、母親はスペイン王フェリペ2世の妹マリア。

それぞれの父親は実の兄弟ですから、両親はいとこ同士ということになります。

エリザベートのきょうだいには神聖ローマ皇帝ルドルフ2世、アンナ・フォン・エスターライヒがいます。

父マクシミリアン2世は、次女であるエリザベートをフランス王シャルル9世に、長女のアンナを妻の実家(スペイン王家)に嫁がせます。

アンナは伯父にあたるフェリペ2世の四番目の妃となりました。

ヴァロワ朝 フランス王朝史2

華やかな文化が宮廷に花開く一方、「聖バルテルミーの虐殺」のような血なまぐさい事件が起きたフランス・ヴァロワ朝。佐藤賢一氏の著書で詳しくどうぞ。紙の本も電子書籍もあります。

フランソワ・クルーエの傑作

フランソワ・クルーエ( François Clouet, 1510年頃-1572年12月22日)

画家ジャン・クルーエの息子として生まれ、フランスの宮廷画家として活躍。

フランス王家や貴族たちの肖像画を描き、また、「ミニアチュール」と呼ばれる細密肖像画も手掛けています。

フランソワ・クルーエ 16世紀 Léonard Gaultier作 フランス国立図書館蔵
フランソワ・クルーエ 16世紀 Léonard Gaultier作 フランス国立図書館蔵

引用元:フランソワ・クルーエ

『エリザベート・ドートリッシュの肖像』は、エリザベートが結婚した1570年の翌年、1571年に描かれました。

宝飾品やエリザベートの衣裳の写実性、彼女の顔だち、指先などの繊細な表現から、本作はクルーエの最高傑作といわれています。

身を飾る宝石類、指先の表現

髪や衣裳は、真珠やルビーなど無数の宝石で飾られています。

『エリザベート・ドートリッシュの肖像』 1571年頃 フランソワ・クルーエ ルーヴル美術館蔵
『エリザベート・ドートリッシュの肖像』 フランソワ・クルーエ
『エリザベート・ドートリッシュの肖像』 1571年頃 フランソワ・クルーエ ルーヴル美術館蔵
『エリザベート・ドートリッシュの肖像』 フランソワ・クルーエ

1500年代、宝石をセットした大きなペンダントつきの重厚なネックレスや、大きなペンダント・ブローチを付けた真珠のネックレスが王侯貴族の女性の間に流行しました。

下は同時代のイングランドの「エリザベート」、エリザベス1世の衣裳です。

まばゆい宝石に埋もれて少々見づらいですが、胸には、自らの胸をつついて流した血を雛に与えるペリカンのブローチがあり、女王の手はそれを指しています。

『ペリカン・ポートレート』 1573年頃 ニコラス・ヒリヤード ウォーカー・アート・ギャラリー蔵
『ペリカン・ポートレート』 1573年頃 ニコラス・ヒリヤード ウォーカー・アート・ギャラリー蔵

引用元:『ペリカン・ポートレート』

『エリザベート・ドートリッシュの肖像』 1571年頃 フランソワ・クルーエ ルーヴル美術館蔵
『エリザベート・ドートリッシュの肖像』 フランソワ・クルーエ

首元にはラフと呼ばれるひだ飾り、袖の切り込みからは下に着たリネンが引き出されています。

袖口にもレースの飾りがあしらわれていますね。

ほの赤い指先や爪の描写が実に美しく、衣裳の光沢やボディスに施された刺繍も素晴らしいです。

エリザベートの若さ、気品をさらに引き立たせています。

『エリザベート・ドートリッシュの肖像』 1571年頃 フランソワ・クルーエ ルーヴル美術館蔵
『エリザベート・ドートリッシュの肖像』 1571年頃 フランソワ・クルーエ ルーヴル美術館蔵

引用元:『エリザベート・ドートリッシュの肖像』 PHGCOM

エリザベートの夫、フランス王シャルル9世( Charles IX de France, 1550年6月27日-1574年5月30日)

シャルル9世 1550年と1572年の間 フランソワ・クルーエ アセザ館
シャルル9世 1550年と1572年の間 フランソワ・クルーエ アセザ館

引用元:シャルル9世

シャルル9世 1566年 フランソワ・クルーエ 美術史美術館蔵
シャルル9世 1566年 フランソワ・クルーエ 美術史美術館蔵

引用元:シャルル9世

シャルル9世 16世紀後半 31.5 cm × 17 cm フランソワ・クルーエにちなむ ルーヴル美術館蔵
シャルル9世 16世紀後半 31.5 cm × 17 cm フランソワ・クルーエにちなむ ルーヴル美術館蔵

引用元:シャルル9世

ルーヴル美術館公式サイト(お出掛け前には最新状況をご確認ください)

『シャルル9世の肖像』( Charles IX (1550-1574), roi de France. )/ 展示場所:リシュリュー翼、822展示室

フランソワ・クルーエによる、ヴァロワ朝第12代のフランス王シャルル9世の肖像画です。

下は美術史美術館収蔵の肖像画の縮小版。

「サン・バルテルミの虐殺」が起きた1572年、エリザベートは女の子を出産しました。

しかしこの多くの死者を出した事件で命を縮めたのか、シャルル9世は1574年に病死。

エリザベートは幼い娘をフランスに残してオーストリアに帰ります。

夫の弟であるアンリ3世がエリザベートに求婚しましたが、エリザベートは拒否しました。

その後娘は夭折し、アンリ3世は1589年に暗殺され、ヴァロワ朝は断絶。

エリザベートは1592年1月22日にウィーンで亡くなりました。

展示風景

館内展示風景
館内展示風景

引用元:館内展示風景 Tangopaso

エリザベートの肖像画がある展示室には『シャルル9世の肖像』他、フランソワ・クルーエの父ジャンによる、『フランソワ1世の肖像』も展示されています。

フランソワ1世はシャルル9世のおじい様にあたります。

フランソワ1世(1494年-1547年) 1535年頃 ジャン・クルーエ ルーヴル美術館蔵
ヴァロワ朝第9代のフランス王フランソワ1世(1494年-1547年) 1535年頃 ジャン・クルーエ ルーヴル美術館蔵

引用元:フランソワ1世

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フランス王朝史 全3冊合本版 (講談社現代新書)

『ヴァロワ朝』他『カペー朝』『ブルボン朝』も出版されています。こちらは三冊一緒になった電子書籍です。フランスの王朝史に詳しくなりたい方におすすめします。

主な参考文献
  • 大友義博(監修). 2014-10-12. TJMOOK 『一生に一度は見たい ルーヴル美術館BEST100』. 宝島社.
  • 佐藤賢一(著). 『ヴァロワ朝 フランス王朝史2』. 講談社現代新書.
  • レスター&オーク(著). 古賀敬子(訳). 『アクセサリーの歴史事典 上』. 八坂書房.
  • 徳井淑子(著). 『図説 ヨーロッパ服飾史』. 河出書房新社.
  • 菊池良生(著). 『ハプスブルク家の光芒』.ちくま文庫.筑摩書房.
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