新古典主義の巨匠アングルに学びながらロマン派のドラクロワの色彩に惹かれる、早熟の天才テオドール・シャセリオー。旧約聖書の『エステル記』から、色香漂うエステルの化粧シーンです。

『エステルの化粧』( Esther se parant pour être présentée au roi Assuérus, dit aussi La toilette d’Esther ) 1841年 テオドール・シャセリオー

引用元:『エステルの化粧』
美女が左右から侍女たちにかしずかれ、身繕いをしている場面。
女性の名はエステル。旧約聖書の「エステル記」のヒロインです。
侍女たちが捧げ持つ豪華な品物、エステルが身に着けている首飾りや腕輪がエキゾチックですね。

引用元:『エステルの化粧』

引用元:『エステルの化粧』
ユダヤ人であるエステルは出自を隠し、ペルシア王アハシュエロスに嫁ぎます。
王の寵愛を一身に受けるエステルでしたが、ある時宰相ハマンのユダヤ人を根絶やしにしようとする計画を知ってしまいました。
エステルはこれを阻止しようとします。

引用元:『エステルの化粧』 Sailko CC-BY-3.0
ユダヤの同胞たちの命を救うため、エステルは着飾り、王に会おうとします。
この『エステルの化粧』は王に謁見するための化粧風景なのですが、『西洋美術史を変えた名画150』ではこのように記述されています。
エステルの化粧を描いた画家テオドール・シャセリオーは、19世紀のフランス絵画界の重鎮アングルに学び、後にドラクロワの影響を受ける。本来格調高く描くべき題材を鮮やかな色彩で官能性強く描いている点がロマン主義的だ。ロマン主義と新古典主義を融合させようとした1枚である。
木村泰司(著). 2017-9-25. 『西洋美術史を変えた名画150』. 辰巳出版. p.80.
エステルを描いた絵画では、エステルが王の前で失神する場面がよく知られています。
『エステルの失神』( L’évanouissement d’Esther ) 1697年 アントワーヌ・コワペル ルーヴル美術館蔵

引用元:『エステルの失神』
『エステルの失神』( L’Evanouissement d’Esther ) 1737年 ジャン=フランソワ・ド・トロワ ルーヴル美術館蔵

引用元:『エステルの失神』
王の前で失神するエステル。
コワペルの絵、ド・トロワの絵、どちらも王がうろたえ、エステルを案じている様子が窺えますね。
というのも、「王に呼ばれてもいない者が王の前に出るのは死罪」という決まりがあり、王妃エステルと言えど例外ではありませんでした。
さらにエステルは自分がユダヤ人であることを隠しています。
直訴を決意し王の前に進み出たエステルですが、大きな緊張感の中で失神してしまうのです。
最終的に、エステルは王の前でハマンの企みを暴き、ユダヤの同胞たちの命を救う、という物語。
ドラマティックな失神場面や緊張した面持ちで王に直訴する場面が多く描かれました。
シャセリオーの『エステルの化粧』は本書では1ページ分割かれています。 本書では西洋美術史に影響を及ぼした名画150作品がカラーで挙げてられています。150なら、死ぬまでになんとか全部観て回ることができそうな数、ですかね。
新古典主義とロマン主義
テオドール・シャセリオー( Théodore Chassériau, 1819年9月20日-1856年10月8日)
早熟の天才と謳われたテオドール・シャセリオーは11歳という若さで、新古典主義の巨匠ドミニク・アングルに師事します。
アングルからはその才能を高く評価されました。
『テオドール・シャセリオー自画像』( Portrait de l’artiste ) 1835年 ルーヴル美術館蔵

引用元:テオドール・シャセリオー自画像
『テオドール・シャセリオー自画像』( Portrait de l’artiste )
展示場所:シュリー翼、943展示室
師匠ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル( Jean-Auguste-Dominique Ingres, 1780年8月29日-1867年1月14日)
『24歳の時の自画像』( Autoportrait à l’âge de 24 ans ) 1804年 コンデ美術館蔵

引用元:ドミニク・アングル自画像
『グランド・オダリスク』( Une odalisque, dite La grande odalisque ) 1814年 ドミニク・アングル ルーヴル美術館蔵

引用元:『グランド・オダリスク』
『グランド・オダリスク』( Une odalisque, dite La grande odalisque )
展示場所:ドゥノン翼、702展示室
筆跡が見えない、陶磁器のようなつるんとした質感のお肌。
ハーレムに住まうオダリスクです。
シャセリオーは、アングルがイタリアに発つ1834年まで、アングルの教えを受けました。
その後シャセリオーは、アングルのライバルとも言えるドラクロワの影響を受けて行きます。
アルジェリアに旅行し、次第にロマン派に傾倒していくシャセリオー。
「アングルの冷たい線描様式とドラクロワの情熱的な色彩表現とを一つに統一しようと務めた」と、『フランス絵画史 ルネサンスから世紀末まで』(講談社学術文庫)の中で高階秀爾氏は書いておられます。
新古典主義とロマン主義の融合を試みた傑作である『エステルの化粧』は、『西洋絵画史 WHO’S WHO 』(諸川春樹(監修). 美術出版社. )でも挙げられています。
ロマン派の旗手フェルディナン・ヴィクトール・ウジェーヌ・ドラクロワ( Ferdinand Victor Eugène Delacroix, 1798年4月26日-1863年8月13日)
『ウジェーヌ・ドラクロワ自画像』( Portrait de l’artiste ) 1837年 ルーヴル美術館蔵

引用元:ウジェーヌ・ドラクロワ自画像
ルーヴル美術館公式サイト『ウジェーヌ・ドラクロワ自画像』( Portrait de l’artiste )
展示場所:シュリー翼、942展示室
『サルダナパールの死』( Mort de Sardanapale ) 1827年 ウジェーヌ・ドラクロワ ルーヴル美術館蔵

引用元:『サルダナパールの死』
『サルダナパールの死』( Mort de Sardanapale )
展示場所:ドゥノン翼、700展示室
強烈な色彩。非常に迫力のある作品です。
ルーヴル美術館で鑑賞できるシャセリオーの作品
デッサンなども含めればまだありますが、ここでは6点掲載致します。
聖書の美女エステル『エステルの化粧』
初めて本作を観た時、まずその色彩がとても印象に残りました。
でも、でもですね、王に惚れ込まれたという美貌のエステルのですね、なんだか顔の造作がね、ちょっとね…と思ってしまったんですよね…。

引用元:『エステルの化粧』
また、今改めてweb上で見るとそうでもないのですが、当時は「高慢な女」の姿に見えていました。
後でこの絵の主題を知り、「西洋絵画を観る時は聖書とか神話の知識って必要だよな」と思ったことを思い出しました。
アリーヌ・シャセリオー( Aline Chassériau ) 1835年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵

引用元:アリーヌ・シャセリオー
『画家の姉妹アデルとアリーヌ・シャセリオー』( Mesdemoiselles Chassériau, dit aussi Les deux soeurs. Marie-Antoinette-Adèle (1810-1869) et Geneviève (Aline) Chassériau (1822-1871), soeurs de l’artiste ) 1843年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵

シャセリオーの姉妹の肖像画です。
シャセリオーは優れた肖像画家でもあると言われますが、これを見ると納得ですね。
『海から上がるヴィーナス』( Vénus anadyomène, dite aussi Vénus marine ) 1838年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵

引用元:『海から上がるヴィーナス』
『海から上がるヴィーナス』( Vénus anadyomène, dite aussi Vénus marine )
展示場所:シュリー翼、940展示室
海から上がる愛と美の女神ヴィーナス。
腕を上げているポーズは、師のアングルのヴィーナス像(コンデ美術館)を思い出させます。
シャセリオー19歳の時の作品。
『水浴のスザンナ』( Suzanne au bain ) 1839年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵

引用元:『水浴のスザンナ』
展示場所:ドゥノン翼、700展示室
聖書の『スザンナと長老たち』から、スザンナの水浴シーン。
スザンナの裸体に光が当たって、老人たちは陰になっています。
シャセリオー20歳の時の作品。天才。
『アポロンとダフネ』( Apollon et Daphné ) 1844年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵

引用元:『アポロンとダフネ』
こちらも腕を上げているポーズですね。
アポロンの求愛を拒んだダフネが月桂樹に姿を変える場面です。
『ムーア人の踊り』( Danseuses mauresques à Constantine (Algérie). La danse aux mouchoirs. ) 1849年 テオドール・シャセリオー ルーヴル美術館蔵

引用元:『ムーア人の踊り』
エキゾチックな魅力全開。
動画で絵画鑑賞

Theodore Chasseriau: A collection of 62 paintings (HD)
LearnFromMasters 様の動画では、解説はありません。
- 木村泰司(著). 2017-9-25. 『西洋美術史を変えた名画150』. 辰巳出版.
- 高階秀爾(著). 2019-9-9. 『フランス絵画史 ルネサンスから世紀末まで』. 講談社学術文庫.
- 諸川春樹(監修). 2006-7-25. 『西洋絵画史 WHO’S WHO 』. 美術出版社.
